大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3222号 判決

原告

川村裕子

右法定代理人親権者

川村一郎

川村淳子

右訴訟代理人

西川太郎

外二名

被告

株式会社阪神百貨店

右代表者

南部知伸

右訴訟代理人

山上孫次郎

外三名

主文

一  被告は原告に対し、金二八三万七七三五円およびうち金一一九万六八一〇円に対する昭和四九年九月五日から支払済に至るまで年五分による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七四三万一一二〇円および内金四一六万五二二〇円については昭和四九年九月五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  事故の発生

原告の母川村淳子は、昭和四七年七月二七日、買物のため原告(当時七才)および長男川村慶(当時三才)の両名を連れて大阪市北区梅田一番地にある被告百貨店を訪れたものであるが、右三名は同日午前一一時ころ、被告百貨店旧館の三階から四階へ上るエスカレーターに、原告が先に乗つたあと、淳子が慶の手をひいてその数段あとのステップに乗り、四階に向つた。そして原告がまず四階フロアーに至り、ついで淳子がこれに続いたが、淳子より一段下のステップに乗つていた慶はその左足に履いていたゴム長靴が同エスカレーターのステップと四階降り場の先端のプレートとの間(エスカレーター下方からみて左側寄約四分の一のあたり)にはさみこまれた。淳子はあわてて慶の身体を抱き上げて同エスカレーターから数メートル離れた四階の床におろした。その間に原告は右ゴム長靴をとり出そうとして左手でこれを掴んだところ左手指をゴム長靴とともに右ステップとプレートの間にはさまれ、ために左手第三、第四指骨折、第二、第五指挫滅の傷害を受けた。

2  被告の責任

(一) (民法七一七条による責任)

本件エスカレーターは民法七一七条にいわゆる工作物であるが、本件事故発生当時、本件エスカレーターの四階降り口のプレートとステップの間に約五ミリメートルの隙間があり、これを埋めるべきコームと呼ばれるプレートの櫛が二本破損して欠けていたため靴等がはさまれ易い状態となつていたことが本件事故を発生させたものであり、更に事故発生時において本件エスカレーターに案内係が配置されていなかつたがこれがために原告の本件行為を制止できず、又は事故後直ちにエスカレーターの運行を停止させることができず原告の負つた傷を拡大させることになつたものである。

ところで、民法七一七条にいわゆる工作物の瑕疵は、当該工作物の設置された場所の環境、通常の利用者の判断能力および行動能力を考慮した上で、その物が本来備えているべき安全性を欠いている状態をいうのであり、その有無の判断についてはその物と一体となつた人的設備をも含めてこれを論じるべきところ、被告は本件エスカレーターの占有者でありかつ所有者であるところ、前記のごとくエスカレーターのコームに破損の箇所があり、またエスカレーターによる事故防止を任務とする職員の配置を欠いていたのであるから、本件エスカレーターの設置および保存に瑕疵があつたというべきである。

(二) (予備的主張―民法七〇九条による責任)

本件事故は被告のエスカレーター管理者としての注意義務違反に基因して発生したものである。すなわち、前記のとおり本件事故エスカレーターには破損箇所があつたから、これを所有管理する被告としては右破損箇所を修理し、客が安全に昇降できるよう管理・運行すべき義務があるのにこれを怠つてそのまま放置し、且つ本件事故当日は被告百貨店で中元大売出しおよび八階で子供向けの催しが開かれていたため、被告百貨店を訪れる人が多く従つてエスカレーターの混雑は十分予想されるところであつたから、被告としては、エスカレーターの各昇降口に職員を配置し、来客が安全にエスカレーターを利用できるよう正しく誘導し且つ危険な行為をしようとするものがあるときはこれを制止して事故の発生を未然に防止する義務があつたのに、それを看過したものである。

(三) (予備的主張―民法七一五条による責任)

本件事故は、本件エスカレーター附近にいた被告百貨店店員が事故発生時直ちにエスカレーターの停止操作をしなかつたために発生又は拡大したものであり、被告百貨店の開店中の事故であるから、百貨店の店員としては直ちに本件エスカレーターの停止操作をなすべき義務があつたというべきである。従つて被告は右店員らの義務違反に関し使用者としてその責任を負わねばならない。

(四) (予備的主張―契約上の債務不履行による責任)

およそ顧客が百貨店で買物をする際、エスカレーターなどの物的施設の設営代金が、経費として当然その商品の代価の中に含められている以上、これらの施設の利用についても、顧客は事実上対価を支払つているということができる。したがつて、右各施設の利用については、顧客と百貨店との間に実質的に債権債務関係が発生しているものと解されるのであるから、百貨店である被告には、顧客である原告らを安全かつ快適に移送する義務(債務)があるのにかかわらず被告は右義務を完全に履行せず、よつて原告に本件事故による傷害を負わせたものである。

3  損害〈以下略〉

理由

一本件事故の発生、その態様並びに傷害の程度について

まず、昭和四七年七月二七日午前一一時ころ原告が被告百貨店旧館内に設置された三階と四階間の昇降用エスカレーターで負傷したことは当事者間に争いがない。

そこで、〈証拠〉を総合すると、

原告の母である川村淳子は前同日原告(昭和四〇年五月一五日生当時七才)と原告の弟の川村慶(当時三才)をつれて被告百貨店に出かけて買物をすませ、同店七階で食事をするため、旧館の三階から四階に至るエスカレーターに乗つた。

原告が淳子および慶より四段上のステップに乗つたため、あとから乗つた淳子は、当初慶の手をつなぎ慶と同じステップに乗つていたのであるが、原告の動静を注視するため、慶の手をつないだまま慶より一段上のステップに移つた。

その状態のまま四階のエスカレーター降り場に至り、まず原告が降り次いで淳子が降りたところ、すぐうしろよりエスカレーターで来た客の一人から慶の履いているゴム長靴がエスカレーターにはさまれていることを知らされた淳子が驚いて見ると慶が履いていた左足のゴム長靴の先端がエスカレーターの下方からみて左側のコームとステップの間にはさまれていた。そこで淳子はすぐさま慶を抱きかかえて左足を靴から離し、そのまま同地点から約三メートル離れた四階の床に同人を降ろしたうえ、靴がはさまれた場所に目をやつたところ、原告がいつの間にかエスカレーターにはさまれたゴム長靴を取り出そうとして長靴に左手をかけていたので、大声で「手を離しなさい」と叫びながら原告のもとにかけ寄つたのであるが、その時既に原告はその左手をゴム長靴とともにエスカレーターのステップとコームの間にはさみ込まれていた。

そのため淳子は大声で附近売場の店員に助けを求めたところ、しばらくして客の一人が非常用ボタンを押しエスカレーターを停止せしめた。その後間もなく急を聞いてかけつけた被告百貨店機械課員宮内高行らがエスカレーターを手動で逆進行させながら原告の左手をエスカレーターから引き出した。右事故により、原告は左手指開放骨折、左手示指、中指、薬指、小指背面挫滅創の傷害を負い、現に左示指遠位指関節伸展位拘縮、左中薬指遠位および近位指関節屈曲位拘縮、左小指遠位指関節屈曲位拘縮の障害がある。以上の事実が認められる。

原告法定代理人川村淳子の供述中には、慶がそのゴム長靴をはさまれ、続いて原告がその左手指をはさまれたのは、本件エスカレーターの下方からみて左側の四分の一ないし三分の一右に寄つたあたりであるとの供述部分があるが、右供述部分は検乙第二号証、前記証人宮内高行、中島和正、津田良一、福田雅行、奥村彰の各証言と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、被告は、原告がゴム長靴とともに左手をはさまれたのは、本件エスカレーターのステップとその下方からみて左端のスカートガードの間であると主張し、〈証拠判断省略〉。

二被告の工作物責任(民法七一七条による責任)について本件エスカレーターが被告百貨店の建物内に設置され建物の一部を構成するものであつて、民法七一七条にいう土地の工作物に該当することは明らかである。

ところで、原告は、慶がそのゴム長靴をはさまれ、続いて原告がその左手指をまきこまれて負傷する直接の原因となつたのは、本件事故当時本件エスカレーターの四階の降り場のコームが二本破損して欠けていた瑕疵に基くものであると主張する。

しかしながら、本件エスカレーターのコームが破損していた事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて〈証拠〉を総合すれば、被告は、本件エスカレーターの製造会社の関連会社である訴外日立エレベーターサービス株式会社との間に被告百貨店内のエスカレーターの定期点検契約を締結し、同訴外会社は右契約に従つて毎週一回被告店内のエスカレーターの点検・補修を行つており、本件事故の前日にも右点検が行われ、その際本件エスカレーターの四階降り場のコームプレートを一枚取替えていること、また、被告は右定期点検とは別に、同店の機械課員をして毎朝開店前に店内のエスカレーターなどの諸設備の点検にあたらせており、本件事故当日も午前八時四〇分ころから、同店機械課員中島和正と西山某とが店内のエスカレーターを点検したが、その際特にコームの破損などの故障はみられなかつたことが認められるので、原告が主張するようなコームが二本破損していた瑕疵はなかつたといわざるを得ない。

しかしながら、本件事故の際におい慶が通常のエスカレーターの利用方法と異なり、ことさら本件事故発生の原因となるような乗り方をしていたと認め得る証拠はない(この点につき、前記乙第九号証には、慶がエスカレーターの側面に強くゴム長靴をおしあてていたとの記載があるが、これは前述のとおりその作成者である福田雅行の推測を記載したものにすぎず、慶が正常でない乗り方をしたことの証拠とすることは到底できないところである。)のであるから、かかる通常の利用方法に従つて本件エスカレーターを利用していたにも拘らず慶のゴム長靴が右エスカレーターの機械にはさまれたという事実がある以上、本件エスカレーターの機械設備そのものが、その性質上本来備えているべき安全性を欠いているものといわざるを得ない。

そして、本件事故は履いていたゴム長靴がエスカレーターにはさまれたことそれ自体によつて生じたものではなく、はさまれた長靴を取り出そうとして手をはさまれた事故であるが、靴がはさまれたこととこれを取出す行為とは客観的に極めて密接な関係があるから、本件事故はエスカレーターの瑕疵と相当因果関係があるものということができる。

したがつて、原告のその余の予備的主張について判断するまでもなく、本件エスカレーターの所有者たる被告は自己において過失があつたか否かに拘らず原告に対し、本件エスカレーターの瑕疵によつて原告が蒙つた損害の賠償をなすべき義務がある。

三原告の蒙つた損害について

1  医療関係費

(一)  入院費・入院雑費・入院付添費

(1) 〈証拠〉によると、原告は本件受傷により昭和四七年七月二七日から同年八月二日までは行岡病院に入院し、右八月二日に大阪大学附属病院に転院して以後、同月一六日まで、ならびに同四八年三月二六日から同年四月三日まで同病院に入院していた事実、および右入院費として合計金二八万八七〇四円を支払つた事実が、それぞれ認められる。

(2) 原告法定代理人川村淳子の供述によれば、原告はその入院期間中、雑費として一日金三〇〇円を下らない額を支出した事実を認められるから、その入院雑費の合計は少くとも金九〇〇〇円となる(昭和四七年八月二日の転院の日は、入院雑費としては一日として計算すべきである)。

(3) 原告法定代理人川村淳子の供述によれば、淳子は原告の入院中は原告に付添つていた事実が認められ、原告が入院当時七才の児童であつたことおよび本件受傷部位が手指でありしかも前示の症状であつたことなどを考慮すると、原告には、その入院中の付添は必要であつたと認めるべきであり、その日額は金一〇〇〇円とするのが相当であるから、その合計額は金三万円となる(八月二日を一日として計算すべきは入院雑費の場合と同様である)。

(二)  通院交通費

〈証拠〉によれば、原告は本件事故により受けた傷の治療のため、大阪大学附属病院に、昭和四七年八月二二日から同四八年四月二七日までの間に合計一一六日間通院した事実が認められ(原告主張のごとく、一二五日間通院したとの事実を認める証拠はない)、かつ前掲法定代理人川村淳子の供述によれば、右通院には淳子が原告に同道して病院までバスで通つており、その往復のバス代は一日につき大人金二〇〇円、子供金一〇〇円であつた事実が認められるから、通院交通費の合計額は金三万四八〇〇円と認めることができる。

而して、原告が通院当時七〜八才の児童であつたことを考慮すると、淳子の付添は必要であつたといえるので右費用は本件事故により原告が蒙つた損害というべきである。

(三)  理学療法費

〈証拠〉を綜合すると、原告は本件受傷により著しく低下した左手の各指の機能回復の一助として、原告の主治医である大阪大学附属病院の医師堀木篤の勧めにより、昭和四七年九月ころから現在まで、理学療法士浅野達雄に依頼して同人の理学療法(マッサージ)を受け(但し昭和四八年四月は治療を受けていない)、その治療費として毎月二万円の支出を余儀なくされており、昭和四七年九月から同五〇年一月までに支出した治療費の合計額は金五六万円であることが認められる。

(四)  整形手術関係費

〈証拠〉によると、原告の受傷部位は現在の段階では完治にはほど遠く、かなりの機能障害が見られ、その回復のためには原告がおそくとも一五才になるまでにその左手の示指、中指、薬指についてそれぞれ有茎皮弁による腹部からの皮膚移植手術、伸筋腱再建手術、関接形成手術を施す必要があることが認められ、かつ前掲原告法定代理人川村一郎の供述によれば、原告の父一郎は、原告の将来を考え、是非右手術を受けさせてやりたい旨の意向であることが認められるのであるから右手術の費用もまた近い将来支出を余儀されることの確実なものとして本件エスカレーターの瑕疵に基く事故と相当因果関係に立つ損害といわねばならない。

ところで、〈証拠〉によれば、右手術に要すると予想される費用として、手術料金二六万六二〇〇円、麻酔料金二〇万円、検査料(入・通院時合計)金二二万三〇〇〇円、投薬注射料金二〇万円、ギブス料金四万八四〇〇円、入院料金一〇七万二〇〇〇円、リハビリテーション料金一四万四〇〇〇円、基本診療料金五万三〇〇〇円、合計金二一〇万五九〇〇円であることが認められる。

更に、〈証拠〉によれば、原告は右手術を一〇回に分けて受ける必要があり、かつ一回の手術につき二〇日間入院しなければならないことが認められる。したがつて、その入院に際して支払わるべき入院雑費および原告の入院中の付添費(右手術は腹皮を手指に移植する手術も含まれているためその入院中は付添人が必要であると認められる。)も前記損害の中に含められるべきものということができるのであり、諸般の事情を考慮して、入院雑費は一日につき金五〇〇円(合計金一〇万円)、入院付添費は一日につき金二〇〇〇円(合計金四〇万円)が相当と認められる。

2  逸失利益

本件受傷により、原告は将来にわたつてその労働に支障をきたす状態となつたことがあきらかではあるが、前記1(四)(整形手術関係費の項)においてみたように、原告は極めて近い将来(証人堀木篤の証言によると、右手術はおそくとも一五才ころまでにしなければその効果はないと認められる)手の機能回復のために受傷部位の再手術を受けることが予想され、しかも証人堀木の証言によれば、右手術により原告の受傷手指の機能は通常人の機能の約七〇パーセント程度にまで回復する見込であることが認められる。しかしながら、右手術後も受傷手指に醜状を残すことは避けられないというべきであり、その後遺障害は労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表によると第一四級の三に該当するものと認められるから、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日付基発第五五一号の労働能力喪失率表に基き勘案すると、右手術後の原告の労働能力喪失率は一〇〇分の五と認めるのが相当である。

而して、労働省労働統計調査部による昭和四六年度の賃金センサスによれば、同年度の全産業全女子労働者の初任給は、満一八才から稼働するものとして年間金四八万五九〇〇円(給与及び償与等の特別給与を含む)であることがあきらかであるから、原告の逸失利益をホフマン式計算法により稼働年数を満一八才から満六三才までの四五年間として算出すると、金四三万一一一五円(円未満四捨五入)となる。

3  慰藉料

原告が受傷当時満七才にすぎず、これから学業を終えて社会へ出ていくべき少女であること、本件受傷部位が外部的にかなり目立つものであり、腹皮の移植手術を経ても完全に傷あとが消失するとは思われないこと、更に原告の入・通院治療はかなり長期に及び、現在も理学療法を受けていること、などの諸事情を勘案すると、本件受傷により原告の被つた精神的損害は金銭的に評価して金一二〇万円が相当であると認めることができる。

4  弁護士費用

前掲原告法定代理人川村一郎の供述によれば、同人は本件事故後、被告側と賠償金の支払について交渉したのであるが、被告は、交渉当初はその支払の意思を表明していたにもかかわらず、後になつてそれを翻し、被告の無過失を理由にその支払を拒否したため、川村一郎はやむを得ず本訴の提起に及んだ事実が認められ、かつ本訴の追行に関しては西川太郎、小西敏雄、新宅隆志の三弁護士にそれを依頼したことは本件記録上明らかである。

そして、本件訴訟は特に原告側の立場からみてかなり法律専門的な知識を要し、原告法定代理人らのみにおいては十分な訴訟活動が望めないことは容易に推察できるので、弁護士費用も本件事故により原告が直接蒙つた損害としてこれが賠償を被告に求め得るものというべきところ、その額は本訴において当裁判所が弁護士費用を除き原告の請求を認容した金額の一割を以つて相当と認める。

四過失相殺について

1  原告の母たる川村淳子の過失

淳子は、幼児の監督者として、慶がエスカレーターで昇降する場合は常にその足許に注意を払い、特にエスカレーターから降りる場合は、慶を抱きかかえるか、手をひいてコームの部分を跨がせるなどして、履いている靴がエスカレーターとコームの間にはさまれたりすることのないよう深甚の注意を払うべき義務があるというべきところ、前示理由の一、(本件事故の発生、その態様、並びに傷害の程度の項)で認定した事実に照らすと、淳子はエスカレーターで昇る途中で慶より一段上(先)のステップに上り、しかも慶の足許に注意を払わず、四階の床に降りる際も自己が先に降り、慶を抱きかかえるなど前述の如き事故発生防止の措置を講ずることなく漫然と慶を四階の床に降ろそうとしたことが認められるので、慶がその履いていたゴム長靴をエスカレーターとコームとの間にはさまれたことには、満三才児の監護者としての淳子に過失があつたということができる。ただ、原告がはさまれた靴を取ろうとしたことに対しては、前示理由一、で認定した情況に徴すると、淳子においてこれが制止をなすべきことを望み得べくもなく、従つて過失はなかつたとしなければならない。

然しながら慶のゴム長靴がエスカレーターにはさまれたことが本件事故の直接の原因となつているのであるから、淳子の前記の過失は、本件事故に対する原告側の過失ということができる。

なお、被告は、淳子が自分より三段先のステップに乗つていた原告を黙過したと主張しているけれども、前示認定の事故状況からすると、例え淳子において原告に注意を与え、自己と同一のステップに乗せたとしても本件事故の発生を防止し得たとは考えられないから、右主張は、その事実の真否について判断を加えるまでもなく失当というべきである。

2  原告自身の過失

原告は本件事故当時七才で小学校の一年生であり、本件行為の危険性について弁識能力を有していたと認め得る(特に必身につき障害があることを認め得る証拠はない)から、その過失は被告に負担さすべき損害額の算定にあたつて考慮すべきものである。

而して、原告は、本件事故現場において、慶のゴム長靴がエスカレーターにはさまれつつあるのを目撃しているのであるから、はさまつたゴム靴を抜き取るに際し或は靴と共に掴んだ手がエスカレーターにはさみ込まれるかも知れない危険のあることは容易に察し得たと判断されるにも拘らずあわてて不用意にゴム長靴を左手で掴み、引き出そうとしたことには過失があつたといわなければならない。

3 以上1、2に認定した淳子および原告の過失に鑑みると、前記三で認定した原告の損害のうち五割に相当する額は、これを原告側の過失より出たものと認めるのが相当である。

五以上に検討してきたところによると、本件エスカレーターの瑕疵によつて原告の被つた損害額の合計は金五一五万九五一九円となるから、過失相殺により右金額から五割を減じた額(金二五七万九七五九円五〇銭)にその額の一割相当額(金二五万七九七五円)を弁護士費用として加算すると、その合計額は金二八三万七七三五円(円未満四捨五入)となる。

従つて、被告は原告に対し右金員とこれに対する不法行為の時以後の民法所定年五分による遅延損害金を支払うべき義務があるということができる。

六よつて、原告の本訴請求は、被告に対して、損害の賠償として右金二八三万七七三五円および、右金員のうち、整形手術関係費中金一一〇万二九五〇円および理学療法費金二八万円並びに弁護士費用金二五万七九七五円を金一一九万六八一〇円につきその履行期後であることがあきらかな昭和四九年九月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当というべきであるから原告の本訴請求は右金員の支払を求める限度においてこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(安国種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例